2011年03月28日

いたみに寄り添う

たくさんの人が喪失体験をしている。
愛する人、住みなれた家、思い出のつまった故郷、通いなれた職場や学校、
生きがいや収入を与えてくれる仕事、今までの生活…。
多くのかけがえのないものを一度に失くしてしまう気持ちは、計り知れない。

どれだけそのような状況に置かれている人が、今、地球上にいるんだろう。
日本でも、リビアでも、ほかの地域でも…。

ここのところ、テレビなどの報道を見ていると、
「いたみを分かち合いましょう」といったメッセージが
いろんなところに寄せられているのに気づく。
それには賛同しつつも、引っかかるところがある。

直接の原因は違っても、喪失体験をしている人はたくさんいる。
たとえば、難民の人たちだ。

しかし、難民の人たちの「いたみを分かち合いましょう」
といったところで、これまでどれだけの人が心を向けてきただろうか。
向けてこなかったとしたら、それは単に距離のせいだろうか。
それとも日本で起きたことじゃないから?
震災報道番組の合間に、ACが流しているUNHCRの難民への募金の呼びかけのCMが
なぜか浮いて見えるのは、わたしだけだろうか。

人のいたみに向き合うのは簡単じゃない。
だから、見ないですむなら、見ようとしていないことも多い。
正面から向き合うことができないこともある。
向き合うには、この世界に組み込まれている自分を知る覚悟と、
精神力と、体力と、お金と、時間と、・・・
いろんなものが必要なのかもしれない。

ただ、少なくとも心に留めておきたい。
何も気づいていない自分を。
わかっても何もできない自分を。
posted by oku at 15:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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