2011年04月11日

311はターニングポイントとなるか

最近、911と並べて、311によって変革が起こるのではないか
といった意見を耳にする。
わたしもそれを期待していたが、ここのところ悲観的にみている。

911は、アメリカの「帝国主義」をより鮮明にしたが、世界の構造は変わらなかった。
311は、エネルギー、特に電力が、現代社会で担っている役割を改めて知らしめた。
それは確かに、個人レベルで影響は与えるだろうが、
社会の大枠としての流れは変わらないのではないかと、感じている。

昨日の地方統一選挙を見ても、原発擁護派の知事が当選している。
やはり、電力がないと今の生活を続けることができず、
そのためには原発が「必要」と考えている人もいるようだ。

また、原発があると、交付金などで市町村の財政もある程度維持できる、
雇用が生まれて市町村の人口も多少維持できるという背景があるようだ。

現在福島第一原発で働いてる人の中には、次のような人もいるそうだ。
東電の協力会社から、普段通りの日当1万数千円で、
今後の仕事がなくなることを懸念して、働いている人。(朝日新聞4月10日)
自分の生まれ育った町を救うために、働いている人。(NHKクローズアップ現代4月7日)

このような状況を聞いていると、
都市と農村、ミドルクラスとワーキングクラスの権力関係が
政治や社会、経済といったいろんな局面で
重なりながら成り立っているようすがみえる。

確かに、311を機に、工学の研究が進んでより省エネの商品が生まれたり、
経営を工夫してより省エネのしくみをつくったり、
新たな電力エネルギーを確保するための研究などが盛んになったりするだろう。

でも、抜本的な価値観の転換を起こすにしては、
あまりにも権力関係が絡まりすぎている。
結局のところ、今までと同じような生活に戻ってしまうのではないかと、
わたしは懸念している。
posted by oku at 17:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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